上野の森美術館

髙柳恵里展『油断』

選考所感

高階 秀爾(選考委員長/大原美術館館長)

今回も力のこもった作品が揃ったが、なかには、意あまって力足らずと思われるものも見られた。VOCA賞を得た田中望は、漂着した鯨を祀る東北地方の習俗「ものおくり」を主題に、震災犠牲者への鎮魂の思いをこめた沈鬱雄渾な画面を創り上げた。奨励賞の大小島真木は奔放なまでのイメージの豊麗多彩さによって、同じく奨励賞の金光男は特異な技法を駆使した清新な表現によって高い評価を得た。佳作賞の大坂秩加と染谷悠子はともに将来を期待させるには充分な達成。大原美術館賞の佐藤香菜は、優れた描写力と謎めいた空間感覚の融合が魅力。

酒井 忠康(世田谷美術館館長)

前回同様、絵画のもつ多様性を強く印象づけられました。特に二つの領域があって、選考する際に、少々難儀しました。つまり、絵画の表現原理を鋭く追及したものと、イメージの現前を主にしたものとがあって、どちらの側に主眼をおいてみるかによって、印象が大きく異なりました。20世紀以降の現代絵画は概していえば、前者の原理的な側面に強い関心を抱いて、展開してきたといえます。ところが近年になって、いささか逆行するように受けとられるかもしれませんが、絵画の原理主義があまりにも絵画それ自体を虚無化することになって、先細りの傾向を示したために、物語の回復をのぞむ=イメージの現前の絵画が目立つようになってきております。これは是非の論ではなく、現代の絵画が宿命づけられた二つの領域の離反ではないかと思いますが、やはり、これから絵画の将来を見て、この二つの領域の総合関係をはかる必要性があるのではないかと考えています。

建畠 晢(京都市立美術大学学長)

今回も具象的な傾向の作品が大半を占めていた。VOCA賞の田中望の作品は、障壁画の輪舞図、祭礼図のような体裁を取りながら、不穏なファンタジーを展開しており、描写の技術の完成度の高さも評価に値する。金光男の奨励賞の作品は整然としたイメージを物理的に溶融させる手法のグラフィカルな効果が注目される。同じく奨励賞の大小島真木の作品は一種アウトサイダー的な趣もある幻想の光景を緻密に描き込んだ世界の想像力の豊かさに惹かれた。

本江 邦夫(多摩美術大学教授)

突出した作品がなく、それだけに様々な意見交換ができたのが、有意義でした。大賞となった田中望「ものおくり」は、一見地味ながら多彩な素材を駆使した濃密なヴィジョンとなっています。全体として十分に描きながらもメッセージ性を欠落させたものが多く、奇をてらった感じになっているのが残念でした。そんな中で、大胆な垂直の構図で権力を主題とした大坂秩加「そんなに強くなってどうするのあなた」に今後の可能性を直観しました。

笠原 美智子(東京都写真美術館事業企画課長)

10年振りに審査に参加させていただいた。第一印象はいかにもVOCA展らしい絵画が多かったこと、底音に震災を経た影響が確実に流れていたことが挙げられる。
VOCA賞を受賞した田中望さんが「ものおくり」に託して日々の生活と震災を祈るように仕上げた作品に象徴的なように、「いかにもVOCAらしい」と思わせられる作品のテーマが、あからさまではないにしても、日常的な批判精神に満ちた政治性をおびていたことが印象的だった。

片岡 真実(森美術館チーフ・キュレーター)

夥しい数のデジタルイメージが生産、拡散、共有される時代に、絵画の物質性、あるいは非物質性とは何か。審査制の展覧会で評価される存在感とは何か。さまざまな素材や技法、スケール、概念的アプローチが交差するなか、選外の作品も含めて今日の絵画的表現の意味を考える好機となった。個人的には少数派に徹した感もあったが、捉えられない何ものかを物質として存在させようとする思考やそのプロセスに共感するものが多かった。

選考委員

高階 秀爾 (選考委員長/大原美術館館長)
酒井 忠康 (世田谷美術館館長)
建畠 晢 (京都市立芸術大学学長)
本江 邦夫 (多摩美術大学教授)
笠原 美智子(東京都写真美術館事業企画課長)
片岡 真実 (森美術館チーフ・キュレーター)